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『ザ・ゴールデン・カップス ワン・モア・タイム』

配給:アルタミラピクチャーズ
オフィシャルサイト:
http://www.altamira.jp/goldencups/


キャスト スタッフ データ
忌野清志郎
矢野顕子
CHAR
鳴瀬善博
スティーブ・フォックス
土屋昌己
李世福
北野武
ムッシュかまやつ
井上堯之
内田裕也
ジョー山中
萩原健一
CHIBO
陳信輝
鈴木ヒロミツ
横山剣
小金丸峰夫
監督:サン・マー・メン
プロデューサー:土本貴生
撮影監督:長田勇市
編集:宮島竜治
音楽監督:ミッキー吉野
2004/日本/カラー/35o/ビスタサイズ/ドルビーデジタル/2時間10分

イントロダクション
「横浜が生み出した最高のロック・バンド ゴールデン・カップスの軌跡と現在を描いたドキュメンタリー作品」
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(C)アルタミラピクチャーズ
 今でこそ、当たり前のように存在している日本のロック。信じられないだろうが、その黎明期にはロックは日本語で歌えるのかなどという論争(ちなみにロック=英語と主張したのは、内田裕也など、その論争の対象とされたのは、日本語ロックの先君的存在とされる はっぴいえんど など)すらあった。では、日本でロックという音楽が根付くきっかけとなった地点はどこにあると考えればいいのだろうか。様々な見解があると思うが、その出発点になったのは、間違いなく1966年のビートルズ来日に端を発したGS(グループ・サウンズ)のブームであろう。僅か数年で火が消えてしまったこのGSブームだが、その後の日本のロック・シーンに大きな影響を及ぼし、多くの人材を送り出している。今回紹介する作品『ザ・ゴールデン・カップス ワン・モア・タイム』は、そんなGSブームの中で、最も黒かったバンド ザ・ゴールデン・カップスの軌跡と現在にスポットを当てた音楽ドキュメンタリー作品である。
 GSブームはザ・タイガース、ザ・スパイダース、ザ・テンプターズ、ザ・ワイルド・ワンズ、ブルー・コメッツなど数多くのバンドを輩出した。ビートルズやローリング・ストーンズという欧米のロックに大きな影響を受けながらも、(今で言う)メジャーデビューをした彼らの音楽は正直、従来の歌謡曲と変わりがなかった。それは大手のプロダクションのシステムに乗っかり、職業作家によって書かれたシングル曲を歌うのが当たり前の時代だったからだ。当然、バンドの側には大きな反発があったが、そのような従来のアイドルをバンドに置き換えただけという一面がGSブームにはあった(これは後年のバンドブームにも連なる)。その反面、山のようなバンドを生み出し、僅か数年で終焉していくこのGSブームは、後の、現在の日本のロックに対して大きな影響を与え、多くの人材を生み出してる。日本のロックにとってのひとつの発火地点が、このあっという間に終ってしまったGSブームだったのだ。
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(C)アルタミラピクチャーズ
撮影:倉持承功
 この作品の主人公であるゴールデン・カップスも世間一般では「長い髪の少女」で語られる歌謡曲風GSのバンドである。しかし、当時の熱狂的な音楽ファンやプロ、そして当時の彼らを知らない世代からの評価は違っている。ローリング・ストーンズの初期衝撃のような黒さを持った日本のバンドがゴールデン・カップスなのである。当時の彼らは他に比類がないほど黒く、先鋭的なバンドだったのだ。そしてGSでもなかった。
 この作品『ザ・ゴールデン・カップス ワン・モア・タイム』はそんな彼らの姿をレコード盤のようにA面、B面というスタイルで綴っていく。A面はメンバー自身や関係者の証言、当時の貴重な映像で綴られる結成(1966)から解散(1972)までの彼らのアンソロジーである。ヴォーカルのデイヴ平尾らにより当時の地元のバンドからの最高のメンバーを集め、結成された平尾時宗とグループ・アンド・アイは米軍基地の街であり、最高にやばい町(ビートたけしの「行きたくても行けなかった」という証言もある)本牧のクラブ “ゴールデン・カップ”のレギュラーバンドとして、ベトナムに向かう米兵相手に日夜最高、最新のR&Bやロックを演奏していた。その演奏は音楽好きやプロの間で評判を呼び、1967年にゴールデン・カップスとしてデビュー。デビュー直後のシングル曲などは先に書いたとおりだが、アルバムには当時の彼らの演奏していた曲が詰め込まれていたし、ライブでも世間的なシングルヒット曲なんぞ歌うことがなかった。お行儀の良いGSバンドにはなるつもりもない根っからの不良バンドであった彼らは多くのメンバーチェンジを繰り返しながら、日本のロック史上に輝く名盤を発表していく。B面はそんな彼らの31年ぶりの再結成ライブの映像である。ザ・バンドの「ウエイト」からゼムの「グロリア」まで、当時の彼らが演奏していた黒く、最新であった曲が綴られていく。
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(C)アルタミラピクチャーズ
撮影:倉持承功
 B面もいいのだが、個人的に面白かったのはやはりA面である。米兵相手に最新の音楽を演奏していた日々、それを覗きに来て衝撃を受けたプロ(かまやつひろしなど)、当時の横浜、本牧の雰囲気がビンビンと伝わってくる。デビュー後の素行の悪さ、彼らに影響を受けたミュージシャンたち(後にメンバーの加部とジョニー、ルイス&チャー(ピンク・クラウド)を結成するチャー、忌野清志郎、矢野顕子など)の証言、そしてほとんどが酔っ払いのメンバーによる回想など圧倒的に面白く、その当時のカップスのすごさが伝わってくる。そのすごさを体感した後のB面はまた圧倒的である(先日の渋谷公会堂のライブも盛り上がったという)。この作品『ザ・ゴールデン・カップス ワン・モア・タイム』ある世代にとっては回顧的かもしれないが、彼らを知らない世代にとっては圧倒的なインパクトをもたらすのではないだろうか。メンバーのその後の活躍もすごいが、実は海外のマニア(俗にガレージ・バンド・マニアと呼ばれている)からもこのゴールデン・カップスは大きな注目を浴びている。そんなバンドであるゴールデン・カップスを再発見するためにも、ぜひ、劇場に足を運んでください(なお、11/30まで新宿の“@CoCoLo cafe”にて、当時の横浜本牧ゴールデンカップとゴールデンカップスを捉えたカメラマン倉持承功による写真展も開催されている。場所などはこちらで http://www.altamira.jp/goldencups/conts/pop/map.html )。   

ストーリー
「横浜が生んだ最高のバンド ザ・ゴールデン・カップスの歴史と現在」
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(C)アルタミラピクチャーズ
撮影:Sakyo
  1966年にヴォーカリストのデイヴ平尾とギタリストのエディ藩により、当時の横浜で活躍するバンドの中から最高のメンバーを集め、結成された平尾時宗とグループ・アンド・アイは本牧のゴールデン・カップのレギュラーバンドとして活動を開始。ベトナムへと向かっていく米兵相手に最新、最高のロックやR&Bを演奏。熱心な音楽ファンやプロの間で大きな評判を呼び、1967年にゴールデン・カップスとしてデビューする。作品はこのゴールデン・カップスの結成から解散までをメンバー、関係者の声で綴っていくとともに、解散から31年を経て再結成された彼らの地元 横浜・本牧でのライブの模様も捉えていく。
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