「タイで大ヒットを記録した6人の共同監督が生み出した少年時代のあの懐かしさに満ちた長編作品」
ブームの収まる気配のない韓国映画をはじめとして、中国映画、台湾映画、香港映画、タイ映画、マレーシア映画など、最近はより多くのアジア圏の映画にお目にかかれるようになってきた。これらのアジア圏の映画を観て、感じるのは同じアジアの空気感と懐かしさではないだろうか。そういった雰囲気を感じさせる作品がタイからやってきた。それが今回紹介する『フェーンチャン〜ぼくの恋人〜』である。
日本の映画好きにとってタイ映画というと大ヒットした驚愕のアクション作品『マッハ!』、トム・クルーズがリメイク権を獲得したことで話題になったホラー『the
EYE 【アイ】』、タイ版ノワールともいうべき『レイン』、オカマのコミカルさを描いた『アタック・ナンバーハーフ』などが思い浮かぶだろう。今回紹介する『フェーンチャン〜ぼくの恋人〜』はこれまで公開されたタイ映画とは違う甘く切ない、誰もがどこか身におぼえがあり、共感できるであろう作品である。
物語は現在のタイのバンコクで働く青年の回想として始まっていく。それは自分自身が故郷である田舎に暮らしていた頃の忘れたくても忘れられない甘く切ない思い出、友情と初めての恋の話である。これはちょっと共感できそうな話じゃないかなと感じるでしょ?
舞台がタイであっても、そういった共感を感じさせるのは誰もが経験してきたであろう内容にあることはもちろんなのだが、この作品が生まれてきた経緯もちょっと面白い(というか変わっている)。
この作品製作の中心となったのは、タイの有名大学のマスコミ学部の卒業生6人。実は彼らは6人の共同監督なのだ。作品の発端は彼らのひとりが学校のHPに発表した短編小説「初めての恋、君に打ち明けたい」をもうひとりの友人と脚本化したことだった。この脚本を彼らの恩師である映画監督が気に入り、長編映画にすることを提案。その恩師は作品の監督として、彼らを含めた同級生6人を指名したのだった。こうして、前代未聞のオムニバスではない長編1作品に6人の監督というプロジェクトがスタートする。遊び半分ではない証拠に彼らは仕事をやめたり、恋人との関係を犠牲にしたりと自分の生活を顧みず、このプロジェクトへと打ち込んでいく。しかし、6人で監督するという現場は「とにかく喧嘩の連続で、それをどんどん解決していくしかなかったんです」という発言に表れているように、徹底的な意見の応酬と議論から6人が納得する妥協点を導き出すことの繰り返しだったという。時間もかかり、さぞや壮絶な現場だったのではないかと想像したりもするのだが(実際、辞めようと思ったことは数え切れなかったらしい)、その辺は周囲のスタッフに気遣いながら、迅速に進めていったという。また、妥協点から生み出された意見は良い結果を生み出すことが圧倒的に多く、監督たちは「僕たちひとりひとりが凄いのではなく、6人だからいいんだと遅まきながら実感しています」と語っている(でも、次の作品は皆、自身で撮りたいと思っているようで、そう考えると6人はやはり大変だったんだなと思ったりもするのだが)。
子供たちが主役であるこの作品のキャスティングはモデル・エージェンシーに所属している子役だけではなく、全国の学校への募集の手紙の通知や監督たちが足を運んだ上で納得のいく形で選ばれている(なんと親戚や知人までも導入されている)。そして、主役である子供たちと共にこの作品を彩るのはタイ(の人々にとって)の懐かしいポップスである。発端となった短編小説のタイトルが80年代の大ヒット曲から着想を得たものであるらしく、作品にはたくさんのタイの80年代ポップスが散りばめられている。
とにかく楽しく、懐かしく、切ない作品である。幼馴染の女の子とばかり遊んでいて馬鹿にされ続けていた男の子が男同士の友情のために女の子を蔑ろにするシーン、自分の気持ちは全く違うのに、どちらかひとつを取るとしたら、やはり男の友情というかっこつけの態度。男の子なら分かるはず。オリジナルとなった短編小説も監督も男ばかりのため、この作品は男の一方的な思い入れ、郷愁、ちょっとした後悔、女々しさに満ち溢れている。女性が好みそうな作品でもあるのだが、実は男の子だった大人に向けられた作品なんだよなと個人的には思っている。タイでは80年代ポップスの懐かしさと相まって大ヒットした作品だが、その音楽(よくタイ料理屋でかかっているようなのね)も知らずとも懐かしさに満ちているし、なんといっても物語に圧倒的な共感を呼ぶはず。自分はどのタイプの男のだったとか照らし合わせながら観てしまう素晴らしい少年映画。女性の方ももちろん、ぜひ、劇場に足を運んでください。
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