「10年以上の歳月をかけて撮り続けられた11の短編で綴られる詩情豊かなジム・ジャームッシュ監督待望の新作」
多分、30歳代以上の映画好きなら、ジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』に初めて出会ったときの感覚を憶えているのではないだろうか。モノクロの映像、オフ・ビート感覚のストーリー、登場人物のファッション、使用される音楽などとにかく新鮮差に満ちた作品だった。実際にあのファッションを模したものが流行り、自らをいんちきジャズと名乗っていたジョン・ルーリー率いるラウンジ・リザースはジャームッシュの映画がなければ、あれほど受け入れられなかっただろうし、トム・ウェイツにしても日本では同様だと思う。映像的にもジム・ジャームッシュのこれらの作品に触発され、この道に入った人は多いだろうし(カメラを固定して、その前で演技をすればいいんだということを知ったとある映画監督がジャームッシュの作品からの影響について語っている)、この作品を契機に日本ではアメリカン・インディーズと呼ばれる様々な作品が公開されるようになっていった。だから、ジム・ジャームッシュは30歳代以上の映画好きにとってはアイコン的な存在になっているはずだ。そんなジム・ジャームッシュだが、実はキャリアの割に多くの作品を監督しているわけではない。だから新作が出来たとなれば確実に話題となる。で、もちろん、今回紹介する『コーヒー&シガレッツ』はジム・ジャームッシュ監督の待望の新作である。
待望の新作と書いたが、実はこの作品コーヒー&シガレッツ』は全11話の短編映画により構成された作品であり、それらの作品は足掛け10年以上を掛けて、自らのメインとなる作品の合間などに撮影されてきたものである(実際にこの中の何話かは過去に劇場の特集で上映されているし、カンヌ国際映画祭の短編部門でパルム・ドールも受賞している)。こうした作品が撮られることになったきっかけについて、ジャームッシュ監督は「一番初めに撮ったのは1986年で、ロベルト・ベニーニとスティーヴン・ライトのエピソードだった。その後でこれをシリーズ化しようというアイデアが浮かんだんだ。だからそれ以来コンスタントに撮り続けてきた。最終的にこれらの作品をまとめてこういう形に仕上げようということは早くから考えていたけど、長い時間の中でゆっくりと物事が進展し、徐々に明確になっていった。そういう意味で、僕にとってこの作品は些細な物語のコレクションであると同時に、短編映画を装ったひとつの長編プロジェクトのようでもあるんだ。」と語っている。TV番組「サタデー・ナイト・ライブ」の依頼により製作された1986年製作の一番最初の作品(この作品は同番組や数々の映画祭でも上映されてきた)をきっかけにシリーズ化の構想を得たというジャームッシュ監督だが、気になるのはそれぞれの作品に横たわる時間的な差ではないだろうか。しかし、全ての作品がモノクロで撮影されていることや、共通となるコーヒー(時に紅茶)と灰皿&タバコが置かれたテーブルを俯瞰から捉えたショットが押さえられていること、たわいもない会話で貫かれていることなど演出的な技法からそういった部分は全く違和感を感じさせないものとなっている。また、ジャームッシュ監督自身は時間的な隔たりについて「僕は時間によって変化するものよりむしろ、変わらないことを考える。だから時間的な変化はこの作品にとって重要じゃない。」と語っている。
出演はロベルト・ベニーニ、スティーヴン・ライト、スティーヴ・ブシェミ、イギー・ポップ、トム・ウェイツ、ジョー・リガーノ、E・J・ロドリゲス、ケイト・ブランシェット、アルフレッド・モリーナ、スティーヴ・クーガン、ビル・マーレイ、ウータン・クランのメンバー、ホワイト・ストライプスのメンバーなどジャームッシュ監督の作品の常連、友人から彼が愛し続けた人物までの本当に多彩な面々。この登場人物から作品の撮られた時期を推測することも楽しいかもしれない。そして、ジャームッシュ監督の作品では忘れることの出来ない音楽も出演者であるイギー・ポップ、トム・ウェイツはもちろん、お得意のオールディーズ、ジャズ、クラシックと盛りだくさん(間違いなくサントラが欲しくなるはず。個人的にはレゲエのルーツであるスカの生みの親スカタライツが延々と流れる1篇に感激しました)。
コーヒー&シガレッツ=カフェイン&ニコチンという健康面からはとことん嫌悪される対象であるものを媒介に生み出される会話の妙、非常に親しい間柄であったり、呼び出された立場だったり、その場で偶然相席した関係だったりが生み出す日常的にありえそうなちょっとおかしな、時に幸せな状況をこの作品は11の短編というスタイルで描いていく。ジャームッシュ監督の作品らしいオフ・ビート感覚に溢れた会話によって綴られていく11篇の作品は1つひとつを取れば、たわいもない作品かもしれないが、このたわいもなさもまとめられることにより、大きなコンセプトを持った詩のような流れを生み出している。11篇目の作品なんて、そういった詩情の極みではないだろうか。で、この作品が訴える大きなコンセプトは「あくせくせずに、ひと時を楽しくやろうよ。」ということだと僕は感じ、そこにはなくなりつつある懐かしのニューヨークの姿(NYだけが舞台ではないのだが)への郷愁もみてしまうのだが。最近の作品はなんかピンと来なかったけどというジャームッシュのファンはもちろん、映画に詩情を感じたい方にはお勧めの作品です。ぜひ、劇場に足を運んでください。
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