「乾いた、それでいて親しみと優しさを感じさせるムードの中でゆったりと動いていくラブストーリー 」
もはや日本映画界には欠かすことの出来ない俳優のひとりである浅野忠信。俳優だけではなく、音楽、アートやファッションの分野でも活躍し、若者文化のリーダー的な存在(本人にその気はないだろうけど)でもある彼だが、やはりその存在感が際立つのは役者
浅野忠信である。彼が画面に出てくるだけで生み出される独特の雰囲気、あの感覚のファンもきっと多いだろう。そんな俳優
浅野忠信が2003年ベネチア国際映画祭コントロコレンテ部門で主演男優賞を受賞したというニュースを覚えている方もいると思う。今回紹介する作品は、その受賞作『地球で最後のふたり』である。
浅野忠信が主演男優賞を受賞した以外にもこの作品『地球で最後のふたり』には大きな話題がある。それは俳優、スタッフと様々なアジアの映画人たちが国という枠を超えてコラボレートして生まれた作品であるということだ。 監督は奇想天外なロードムービー的ラブストーリー『わすれな歌』、これも一味味違うサスペンス『6IXTYNIN9』で知られるタイを代表する映画監督ペンエーグ・ラッタナルアーン、主演は日本人の浅野忠信、撮影は世界を又にかけ活躍するクリストファー・ドイルなど俳優、スタッフと様々なアジアの映画人たちが国という枠を超えて集合している作品なのだ。
ペンエーグ監督が浅野と出会ったのは2000年のドーヴィル映画祭、ドイルと出会ったのは同年のロッテルダム映画祭だという。その後、ある映画祭でペンエーグ監督は友人たちと“マニラで日本の団体ツアー相手のガイドをしている日本人男性について”という話で盛り上がり、「これを浅野が演じたら面白いよね」などと話していた。その話は大きく盛り上がり、その場にいたこの作品のプロデューサーもたまたま浅野とドイルを知っていたため、ふたりにアポイントを取り、映画は実現に向かって動き始めたという。映画化のきっかけとなった話は発展性がなく立ち消えとなったが、ペンエーグ監督はタイ文学界を代表する若手作家であり、ミュージシャンやデザイナーなどとしても活躍するプラープダー・ユンに映画のための自分のアイデアを聞かせ、それをプラープダーがひとつの物語として仕上げ、そこからペンエーグ監督が映画用の脚本をおこしていった。監督の話したアイデアと出来上がったものはほとんど別物だったというが、監督はプラープダーが書いた明確な人物像、感情など自分には書けないエレガントさに大きく惹かれ、この作品を「今までの自分の作品に比べて、もっとムードのある作品にしたかった」と語っている。
出演は、浅野忠信のほかに、シニター・ブンヤサック、ライラ・ブンヤサックというタイ人の美人姉妹女優。松重豊、竹内力、田中要次、映画監督の三池崇史などが出演しているところも見ものだろう。
タイを舞台に自殺することばかり考えている主人公の日本人青年の几帳面さ、神経質さ、孤独感を表すようなブルーのトーン。主人公がふとしたことから知り合い、一緒に時間を過ごすことになる孤独になったタイ人女性のだらしなく、天真爛漫さを表すような自然な色合い。共通するのは孤独という部分だけで、偶然に出会った正反対の性格のふたりが数日を過ごし、互いの色が交わり、結びつきを見つけていくというラブストーリであるこの作品は、監督自身が「ムードのある作品にしたかった」と語ったような内容に満ちている。それは舞台がアジア、タイであることすら忘れさせてしまうゆったりとした、暑さを感じさせない乾いた映像、それとともに流れていくミニマルな音楽などに象徴されている。しかし、その乾いたムードは無機質ではなく、片言のタイ語と片言の日本語による会話など親しみや優しさ、奥行きを感じさせる。それは観ているこちらがその場に吸い込まれて行くような感覚だ。これは今までにない乾ききった浅野忠信の演技、ドイルの映像、ペンエーグ監督のイメージがうまく合致したからこそ、出来上がった世界であろう。タイトルもその感じをうまく表現していると思う。まさに地球で最後のふたりなのだ。浅野忠信ファンはもちろん、ヨーロッパ映画が好きな人などはぜひ、劇場に足を運んでください。きっと気に入るはずです。
|