「ゆったりと優しく、おかしく展開していく『鮫肌女と桃尻娘』の石井克人監督流の家族ドラマ」
劇場長編デビュー作である『鮫肌女と桃尻娘』、第二作目『PARTY7』で独自の世界を確立し、若者を中心に多くの熱狂的なファンを獲得している映画監督
石井克人。数多くの賞を受賞してきたCMディレクターらしい映像センス、登場するキャラクターの味わい、細かくたたみかけてくる笑いにやられてしまった方も多いだろう。そんな彼の4年ぶりの新作が公開される。それが今回紹介する作品『茶の味』である。
スピード感に溢れ、ほとばしるようなエネルギーを発散させていた前2作とは打って変わり、この作品『茶の味』で監督がテーマとしたのはある家族の日常。ほんわかと流れ続ける時間の中で、石井監督らしいアニメ、CG映像が組み込まれたり、笑いが織り込まれたりしながら、家族の中の小学生の女の子と高校生の男の子を軸に物語りは展開していく。この作品は今年(2004年)のカンヌ国際映画祭監督週間でもオープニング作品として公式上映され、高評価(そして最高のスタンディング・オベーション)を受けている。
出演は高校生の男の子役に「3年B組金八先生」で注目を浴びた佐藤貴広、小学生の女の子役にこの作品が映画初出演となる坂野真弥、石井作品の常連の浅野忠信、我修院達也、ベテランの手塚理美、三浦友和、『下妻物語』の土屋アンナなど。我修院達也が相変わらずの突っ走り方をしているのだが、それ以上に、恋に憧れ悩み続ける青い高校生を演じる佐藤貴広、自分の巨大な分身に悩み続ける小学生を演じる坂野真弥の存在感と演技が素晴らしい。特に映画初出演の坂野真弥に対しては監督、共演者、スタッフが“小さな天才女優”と敬意を込めて称したというが、台詞もほとんどなく、表情で語りつくしてしまうその演技には本当に感服です。
今回の作品が生まれた経緯について、石井監督は「『PARTY7』を撮り終えて、なんとなくなんですけど家族もの、それもサザエさんみたいな、ちびまるこちゃんをもうひと展開したようなかんじの物語の断片をノートに書き溜めていました。最初から小さい女の子出てくることは決まっていて、その後、キャラクターの設定やラストシーンなんかも思いついていきました。そうしたいくつものエピソードやキャラクターの点みたいなものを線にしていったかんじでしょうか。それを脚本ではなく、コンテで書き始め、完成しました。」と語っている。また、小津安二郎の作品『お茶漬の味』へのオマージュを感じさせるタイトルについては、そんなことはなく、ストーリーの完成前の初期段階で「なんとなく音がいいなあ」ということで出ていたタイトル案だという。その後、別のタイトル案も考えたが、お茶を飲んでるシーンも出てくるし、これがいいかということで決めたという。
脚本ではなく、絵コンテで書き始めたという部分に石井監督らしさを感じるのだが、この作品『茶の味』は日々のエピソードが断片的に積み重ねられていくことで家族の生活や絆というものを伝えていく作品となっている。そのエピソードも石井監督らしいおかしさに満ちたものや「この気持ちって分かるよな」というものが詰まっている。そういった部分に笑い、感じ入りながら、今までの石井監督の作品とは違うゆったりとしたテンポで流れていく物語は、シリアスでもコミカルでもない石井監督流の家族のドラマに仕上がっている。『茶の味』というタイトルもそういった作品が醸し出す雰囲気に見事にマッチしている。また、ゆったりとした気分を包み込むスティールパンの音色など印象的な音楽は、数多くの熱狂的なファンを抱えるダブ・バンド“リトル・テンポ”が担当している。
これまでの作品とは全く違ったタイプの作品のように感じるが、細かい笑いの積み重ねやキャラクターの作り方などは従来の石井流であるため、もちろん石井克人監督の作品のファンには文句なく楽しめる作品になっている。そして、今までの石井監督の作品になじめなかった人もこの作品の世界はきっと楽しめるのではないかと思う(実際、身近にそういう方もいた)。ぜひ、劇場に足を運んでください。 |