「全米初登場第1位。大切な人を救うために過去の出来事を変えていくという記憶を巡るサスペンスフルで切なさに満たされる作品」
“忘れたくないこともあるけど、憶えてなくても忘れないこともある”というフレーズは僕の大好きなミュージシャンの曲からのもの。記憶というのは本当に不思議なもので、このフレーズのようにどうでもいいことは憶えていても、これだけは心に留めておこうということを忘れてしまうこともある。人と思い出話をしていても記憶が食い違うことがある。これは視点の違いかもしれないが、自分の都合のいいように記憶を改ざんしているとも考えられる。こういう記憶の改ざんは大なり小なり誰もが無意識のうちに行っていたりもする。記憶は物語を作り出す。ミステリーも歴史物も大半の物語は記憶を軸に展開していく。今回紹介する作品『バタフライ・エフェクト』はそんな記憶を巡るサスペンスタッチの不思議なドラマである。
作品のタイトルである『バタフライ・エフェクト』とは、“非常に小さな蝶の羽ばたきでも、それが地球の裏側まで伝われば、竜巻を起こすこともある”というカオス理論のひとつを意味している(要するに、小さな差がより大きな誤差をもたらすということ。この蝶の羽ばたきの理論をジョナス・メカスが語る形で印象的に使用していた作品に『ステップ・アクロス・ザ・ボーダー』という傑作音楽ドキュメンタリーがある)。この僅かな誤差、人生における選択やちょっとしたタイミングの差というものの及ぼす影響の大きさをうまく取り入れた作品が、この『バタフライ・エフェクト』なのである。
物語の主人公は大学で心理学を学んでいるひとりの青年。彼は子供の頃に時折、記憶を喪失していた。それもある出来事の肝心な部分で記憶を喪失しているのだった。現在ではそうしたことはなくなっていたが、ある日、その頃の日記を手にすることで、彼は自分の大切な約束を思い出し、自分自身が過去に立ち返れることも発見する。そして青年はあのときの出来事により、その後がボロボロになった大切な友人たちの姿に出会う。あの出来事さえなければ、と罪の意識に駆られた青年は過去を変えるために行動を始めるというもの。
過去を変えるという映画はいくつも思い浮かべることができるが、そうした作品とこの作品との大きな違いは過去が変わることにより即座に現在の青年の姿まで変わってしまうということだろう。ちょっとした選択の誤差により、五体満足の姿が半身不随の姿になってしまうなんて現実が現れてくるのだ。しかも青年はあの頃の友人たちが満足できる人生を送れるような過去の変更を求めていく。うまくいったと思ったように見えてもそこから数年後に落とし穴が待ち受けている場合などもあり、何度となく自分が記憶を喪失している過去へと戻り、シュミレーションを繰り返していくのだ。
この記憶を巡る面白い作品を監督したのは、エリック・ブレス&J・マッキー・グラバー。監督としてはこの作品がデビュー作だが、運命を題材にしたサスペンス・ホラー『デッド・コースター』で原案&脚本を手掛けたと聞けば「なるほどね」と思う方もいるはず。この『バタフライ・エフェクト』の脚本はそれ以前から執筆されていたもので、完成までの執筆期間は6年以上!オリジナルでチャレンジングなものを書きたいと思っていたふたりは、どこか別の映画で観たことのあるようなシーンはことごとく却下していったという。こうして完成した脚本は大きな評判を呼び、その内容に熱狂したアシュトン・カッチャーは主演のみならず、製作総指揮まで買って出ている。
出演はそのアシュトン・カッチャーのほかに、『ラットレース』のエイミー・スマート、『アイデンティティー』のウィリアム・リー・スコット、『マイ・フレンド・メモリー』のエルデン・ヘンソンなど。
あの頃の友人たちの人生の幸福、愛した女性との約束を果たすために過去を変えていくというこの作品はなかなか面白い。文章に書いてしまうと多少なりともネタバレ的になってしまうのだが、何の予備知識もなく観ていくと最初のうちは物語がどこにどう向かおうとしているのかが今ひとつ分からない。途中から過去を変えるという部分は自ずと分かってくる。しかし、それがどこを変え、どのようなエンディングへと向かっていくのかはやはり分からず、この辺りはサスペンス的で、ミステリーのような想像する楽しみにも満ちている。そうした主人公の悪戦苦闘の末に選び出されたエンディングもよく出来ているが、彼が書き換えた過去は現在以降の順風漫歩な姿を予言しているわけではない。彼が過去に行った出来事が及ぼした影響を書き換えることによって、周囲の人生は変わったが、この先は分からない。となるとハッピーエンドと捉えてもいい終わりはまた循環するかもしれないと考えるのは野暮というものでしょうか。時間軸がごたごたと交わっているいるわけではないが、様々な状況が繰り返されるので、観る人によっては「何これ?」という風にもなりえてしまう。でも、丹念に観ていけば十二分に楽しめる作品であることは間違いないだろう(リピーターも出るだろうな)。
また、アメリカでは絶大な人気を誇っているが、日本ではデミー・ムーアの陰に隠れがちなアシュトン・カッチャーも従来のお馬鹿なラブコメとは全く正反対の役柄を見事に演じきっている。この作品を契機に劇場公開されずにDVD(ビデオ)のみという形が多い彼の今後の作品が劇場公開されていけばなと思っている。ぜひ、劇場に足を運んでください。
|