「20年以上新宿でホームレスをしていた男性と撮影者である監督との関係を描いた素晴らしいドキュメンタリー作品」
ホームレスという存在がある。例えば、新宿の中央公園や渋谷の宮下公園、隅田川沿い、近所の小さな公園など実際に姿を見かけることもあれば、テレビや新聞の報道で目にすることもある。最近では川崎でのホームレスの収容施設建設が大きな問題として取り扱われていた。そういったホームレスといわれる人たちにも見かけから中身まで様々なタイプの人がいるということは分かっているが、実際にはそんなことまで知る機会なんてないし、特に知りたいとも思わない。報道も社会的な問題としてのホームレスを取り上げ、ひとりの人間としてのホームレスという存在に迫ったものなどほとんどなかったのではないだろうか。そんな状況に風穴を開けるようなドキュメンタリー作品が上映される。それが今回紹介する作品『あしがらさん』である。
この作品は新宿の路上で20年以上にわたりホームレスとして暮らしてきた“あしがらさん”という老齢の男性を3年(1998〜2001年)という期間をかけて捉えたドキュメンタリー作品である。20年以上にもわたるホームレスのドキュメンタリー作品というと、彼の人生を追いかけてまとめましたという作品を想像するかもしれないが、この作品『あしがらさん』は先に“風穴を開けた”と書いたようにそういった類での作品ではない。“あしがらさん”というホームレスのおじさんに惹きつけられてしまった監督と“あしがらさん”との交わりを描いた作品なのである。
監督は、この作品が劇場デビュー作となる飯田基晴。1995年 原一男監督が塾長を勤めた新しい時代の、新しい映画人「活動屋」を育成する目的の「CINEMA塾」に参加。その後、1996年より新宿でボランティアとしてホームレスの人々にかかわり始めている。最初はドキュメンタリーも撮影できればという気持ちも抱きながら、ボランティアに参加した飯田監督だったが、撮れないという思いが強くなり、ボランティアの方に専念することになっていく。そんな飯田監督にこの人を撮ってみたいと思わせた人が“あしがらさん”であった。映画の中でも語られているが、その時のことを飯田監督は「年末にとん汁を配っていたとき、あしがらさんは一気に平らげて「うまかったー!」と笑顔をくれた。言葉で伝わらなかった気持ちが、一杯のとん汁を介して伝わったようだった。そのときから彼にもっと近づきたいと思うようになり、これまでの関わりの延長でカメラを持って通うようになった」と語っている。そうした形で撮り始めたこの作品には“あしがらさん”と飯田監督に信頼関係が生まれていき、“あしがらさん”が路上生活に別れを告げるまでの様子が描かれている。誰にも自分のことを話さなかった“あしがらさん”が飯田監督に心を開いていき、「おれはあんただけは信頼している」と言う姿には心を打たれながらも、ドキッとし、そんなことを言う“あしがらさん”が天邪鬼のように振舞う姿には、ちょっと呆れたりもする。でも、確実に僕たちは飯田監督が生み出した“あしがらさん”との関係に魅了されていく。そういった中で“あしがらさん”の映像と共に映っている行政の対応、ボランティアの頑張りなどは必然的にホームレスの問題を考えさせる鍵となって伝わってくる。
監督自身は「ホームレスもみんなと同じ人間なんだということを(ここ作品を観て)感じて欲しい」と語っていたが、“あしがらさん”という人物の変化と魅力によってそれは十分に達成されていると思う。ホームレスの映画なんだけど、これは“あしがらさん”というたまたまホームレスであった人のリレーションシップを描いた温かみにあふれた映画であるともいえるだろう。でも、やはり、絶対にホームレスという人たちや生きるということを考えさせられてしまうのだ。それは飯田監督が自分の足元からホームレスである“あしがらさん”との関係を築きあげ、それをきちんと作品にまとめあげたからなんだろう(実は、ホームレスの人をこういう形で撮り、作品としてまとめ上げられるということは非常に稀なことなのだそうです)。“あしがらさん”に魅了され、自分なりに色々と考えてしまう素晴らしいドキュメンタリー作品です。ぜひ、劇場に足を運んでください。 |