マルグリット・デュラスは日本ではもっぱら前衛的な作風の小説家として知られているが、彼女の創作活動は演劇と映画というスペクタクルを抜きには語れない。もっとも、逆説的に、彼女にとってスペクタクルとは究極的に「眼に見えないもの」を上演することに他ならない。原題に「終わりなき朗読」とあるように本作は映画という媒体を用いた朗読劇である。したがって視覚的には、海辺の廃屋と周辺の光景、おそらくアガタとその兄と思われる男女が無言のまま廃屋で過ごす断片的映像しか現れない。この映画は、その冗舌な語りとは裏腹に、沈黙が支配している。その沈黙に気づかせるのは、ブラームスのワルツである。アガタはこれらの曲を幼い頃から母親に強制的に習わされながら、ついに弾きこなせなかった。しかし、彼女の兄はそれを弾くことができた。その抽象的な語りからかろうじて読みとれるのは、兄妹の近親相姦的な強い愛の感情だが、物語からはみ出たその具体性は事件の当事者意外には決して共有しようがない。 |