「気鋭の映画監督マイケル・ウィンターボトムによる男と女の出逢いから別れまで、内へと閉じこもった“SEX,DRUGS&ROCK'N
ROLL”の愛の日々描いた感慨深い作品」
ミュージック・シーンに大きな足跡を残したファクトリー・レコードとマンチェスターの音楽シーンの隆盛を追ったドキュメンタリー作品『24アワー・パーティ・ピープル』、ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した移民、不法入国をドキュメンタリー・タッチで描いた『イン・ディス・ワールド』、そして近未来の管理社会が生み出す禁断の愛の物語『CODE46』とわずか2年程の間に意欲的な作品を送り続けている映画監督
マイケル・ウィンターボトム。彼の待望の新作が、早くも届けられた。それが今回紹介する作品『9
Songs』である。
この作品『9 Songs』が描くのはイギリス人の男性とアメリカ人の女性の恋愛の物語である。あるロック・バンドのコンサートで出逢った彼らはひとつのシーズンを互いに恋に落ちながら過ごす。セックスにのめりこみ、ドラッグをたしなみ、ロック・コンサートに通い、身体も心も揺らす。時には関係が危うくなることもあるが、互いに必要だということは変わらない。この作品はそういった恋の始まりから終わりまでを描いた“記憶”の物語だ。
実はこの作品、2004年のカンヌ国際映画祭でプレミア上映されるとすぐに大きな物議を巻き起こしてしまった。それは作品のほとんどがふたりのベッド・シーン(セックス・シーン)によって占められているからだ。ふたりの関係が進んでいくごとにセックスもノーマルなものからちょっとアブノーマルなものへ、挑発的なものへと自然に変化していくし、そこにはドラッグもかかわってくる。これに対し、多くのメディアからあまりにもエロティックでスキャンダラスだという反応が沸き起こり、観客からはセックスばかりでプロットすらないという批判的な意見が相次いだのだった。実際にこの作品をどのように受け止めるかは観る側の問題だろうが、個人的には今までのウィンターボトム監督の作品の文脈上にある作品だと感じたのだが。
この作品『9 Songs』のきっかけとなったのはフランス人の作家ミシェル・ウエルベックの「プラットフォーム」という小説であった。ミシェル・ウエルベックは「素粒子」という小説で大きな注目を浴びた現代のフランス文学を代表する作家である。「プラットフォーム」はそんな彼の第三作目の長編小説。物語の内容は親の死により莫大な遺産を手にしたミシェルという40代の男性とヴァレリーという20代の女性がタイで出会い、互いの気持ちを埋めるようなセックスにのめりこむ。その後、パリで再会した二人はさらにセックスにのめりこむ。そんな彼らがみんなを幸せにするために“セックス観光”を企画するが・・・・というもの。ウィンターボトム監督はこの小説を読み、映画として最高の内容ではないかと大きな感銘を受けたが、原作者のウェルベック自身が映画化の考えをすでに持っていたため、原作の映画化を断念し、この小説との出会いから、新たなストーリーを編み出し、映画化へと着手していった(その作品がセックス三昧になることはある種の必然だったのだが)。そうして生み出された物語には脚本はなく、会話はリハーサルを通し、即興によって形作られ、ふたりのそのときの気持ちを表すかのように、日々通いつめたロックのコンサート・シーン9曲が映像として挿入されていく。
セックス・シーンゆえに難航を極めた上で決定した主演のふたりは『24アワー・パーティ・ピープル』のキーラン・オブライアンとこの作品がスクリーン・デビュー作となるマルゴ・スティリー。挿入されるコンサート・シーンに登場するのはプライマル・スクリーム、フランツ・フェルディナンド、ザ・ダンディ・ウォーホールズ、スーパー・ファーリー・アニマルズ、ザ・ヴォン・ボディーズ、エルボー、ブラック・レベル・モーターサイクル・クラブの7バンドにプラスしてマイケル・ナイマンという合計8組のミュージシャン。
この作品『9 Songs』が今までのウィンターボトム監督の作品の文脈上にあると感じるのには彼を形作ってきたであろうロック、『ひかりのまち』で印象的に使用されていたマイケル・ナイマンの音楽(彼のライブのシーンはその再現ですね)、ウィンターボトム監督のスタイルとして効果的に使用されるデジタルカメラによる荒れた映像(今回は全てデジカメの手持ちによるものだ)などとともに、都市で暮らす者の孤独と繋がりという部分を描いているからである。カップルの心象の変化は彼らが通いつめるライブで演奏される曲によりあらわされていく。そこで歌われるのは世界に対する個人的な感情や反発でもある。そうした世界への感情は彼の部屋に貼られたモハメド・アリのポートレイトなどにも示されている。ロック・ライブで出逢い、ライブに通い、ドラッグ、アルコールをきめ、セックスしまくるふたりは内へと閉じこもった“SEX,DRUGS&ROCK'N
ROLL”の日々を過ごしていく。その関係性は徐々に離れていき、終わりを迎える。そうした関係が男の回想によって綴られていくのがこの作品である(回想の冒頭の台詞「彼女の想い出は服装ではなく匂いや味」というのは印象深い)。自分の恋愛の記憶を重ねたり、閉塞した時代を背景に様々な想いが渦巻いてくる観る人にとって個人的な作品になるのではないだろうか。ぜひ、劇場に足を運んでください。
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