『彼女は多くの業績を残している。そのすべてに触れることは不可能なことだった。しかし、彼女の魂の核心はとらえたいと願った。それが出来たかどうか?』
日本の女性運動の始まりとして、1911年の文芸誌『青鞜』の創刊と平塚らいてうの「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった」に始まる発刊の辞は広く知られている。だが、その後の平塚らいてうについて知る人は少ないのではないか。本作は女性の解放と世界の平和のために真摯に生きた彼女の生涯を、ドキュメンタリー映画の第一人者、羽田澄子監督が描いた作品である。羽田監督は「誰でも知っているようで、詳しくは知られていない『平塚らいてう』。しかし、その名をきくと、すべての女性の心に灯りがともる。何故なのか。いったい平塚らいてうとは、どんな人だったのか。そんな私自身ももっていた疑問に応え、私自身が感じとったらいてうを表現しようとした」という。動くらいてうのフィルムがわずか14秒という困難な条件のなか、羽田監督は写真資料や多くの人々の証言を使い、まるでらいてうに会っているかのような映像に完成させた。
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