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(c)La Petite Reine – Studio 37 – La Classe Américaine – JD Prod – France 3 Cinéma – Jouror Productions – uFilm
3D映像が跋扈する昨今、まさかのサイレント映画に新鮮なときめきを抱く。その驚きは、生まれてはじめて映画を観た時の興奮にも似て、観客を悠久のワンダーランドへと誘い込む。
舞台はサイレント時代のハリウッド。銀幕の大スター、ジョージ・ヴァレンティンは、愛犬とともに新作の舞台挨拶で万来の拍手を浴びていた。映画館の入り口でもマスコミやファンに取り囲まれた彼は、人垣から押し出された女優志願のペピー・ミラーと写真におさまる。数日後、撮影所にやって来たペピーは、運良くエキストラの役を掴み、ジョージからチャームポイントにと唇の上にほくろを描いてもらう。それが幸運を呼んだのか、ペピーは次々と役を得て瞬く間にスターダムへのし上がる。そして2年が経ち、映画界はサイレントからトーキーへと移行する時期を迎える。
ところがジョージはサイレント映画こそ芸術、自分は芸術家(アーティスト)だと頑なに言い張り、トーキーには目もくれず、監督兼役者としてサイレントの新作に全財産をかけてしまう。一方、ペピーは時代の流れに乗り、今やトーキーの星。没落の一途をたどるジョージにペピーは手を貸そうとするが、ジョージのプライドが許さない。
セリフのないモノクロ画面を華やかに彩る音楽は、少々過剰気味なシーンもあるが、サイレントの海を泳ぎ切るには、間断なく敷き詰められた音響は必要不可欠。巧みに練られた楽曲が役者の感情表現を細かくフォローして、観客は爽快な気分のまま波に揺られる。
ジョージ・ヴァレンティンに扮したジャン・デュジャルダンの古風な二枚目ぶりはセクシーで、相棒のテリア種犬アギーとの息も合い、落ちぶれても全く変わらぬオーラを放つ。それもモノクロ・サイレントならではの効果だろう。キュートで賢いアギーとの掛合いは、言わずもがなチャップリンへのオマージュだ。さらに『モロッコ』や『カサブランカ』『雨に唄えば』を模したシチュエーションに、『めまい』や『サイコ』小津安二郎作品で使われたBGMなど、名作映画をうまく切り取って、そこかしこにちりばめた「映画愛」に胸がいっぱいになる。
「ヒューゴの不思議な発明」と「アーティスト」。今年のアカデミー賞は、映画の原点に立ち返る二作品の一騎打ちだった。技術の最新鋭に目がくらむ「ヒューゴ」がハードウェアなら、クラシカルな手法で丁寧に作り上げた「アーティスト」はソフトウェア。どちらも映画をこよなく愛し映画に全人生をかける監督が、万感の思いをこめた傑作に違いないが、アメリカの映画人たちが「アーティスト」を好んだことに、正直ほっとしたのは私だけではあるまい。
<合木こずえ>