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甘酸っぱい初恋の映画は歳を重ねてから観るに限る。上気する頬、押し寄せる恥じらい、はるか昔の思い出なのにたちまち甦るトキメキは、老いて枯れつつあるハートに新鮮な英気を与える。自分の老いを自覚するのは悔しいが、懐かしいその刺激は心地よく、胸に爽やかな風が吹き抜けてゆく。
チャン・イーモウ監督の傑作「初恋のきた道」もそうだったが、新作「サンザシの樹の下で」は、さらに純真な少女の心を掬い上げ、恋心というものの全景を映し出している。
舞台は毛沢東の文化大革命が続く1970年代初頭。農民こそ素晴らしいとされた社会で、高校生のジンチュウは、農村へ住み込み実習に行かされる。その道すがら、彼女は白い花が赤く咲くというサンザシの樹のいわれを聞いて、この樹に強く惹かれるようになる。そして夕刻、宿泊先の村長の家で地質調査をする青年スンに出会う。
おそらく互いにひと目惚れだったのだろう。年上のスンは何かとジンチュウを助け、ジンチュウもスンの姿を見るたび心が浮き立つようになる。ゆっくりと季節が変わり、会えない時間に想いを募らせるジンチュウの、揺れ動く乙女心がとても丁寧に描かれている。
やがてジンチュウは教師の職につけることになり研修に入るが、文革の政圧により、二人は人目を忍んで会うことしかできない。あらゆる文化人、知識人を弾圧したこの政策は、教師だったジンチュウの両親を反革命分子として迫害していた。そんな情況下でようやく掴んだ仕事に、恋愛沙汰の横やりが入れば、たちまち職を失ってしまう。ジンチュウは、母親に恋愛はあきらめるよう釘をさされ心を痛める。
しかし、恋心は誰にも止められない。障害があればあるほど想いは高まる。スンは離れた所からジンチュウを見守り、二人は益々心を寄せ合う。スンの優しさと思いやりは並ではない。常にジンチュウの幸せを願い、彼女の立場と心情を察して先回りする。ジンチュウに向ける笑顔は、慈愛と情熱が相まって、こちらの胸まで焦がしてしまうほどだ。
演ずるショーン・ドウの涼しげな眼差しと誠実そうな口もとには、その昔あこがれた君に似た懐かしさがある。ジンチュウ役のチョウ・ドンユイは、初々しいだけでなく表現力が豊かで、可憐な中に凛々しさを持つ新人だ。二人のあ・うんの呼吸が恋のリアルを生み出し、かつてないほど瑞々しく微笑ましい恋のシーンを作りあげた。
恋の情熱を燃やしても、二人は口づけさえしない。ひとつ部屋で一夜を明かすことになっても手を握って眠るだけだ。その根底にはジンチュウの性への認識不足があるが、それより、大切な人だから守りたい傷つけたくないというスンの愛が前面に現れて、しみじみと感動してしまう。この純愛こそが、人を恋うる時の醍醐味でないかと、経験を積んだ大人たちは確信することだろう。気持ちの高ぶりは、肉体が繋がる前にピークを迎えるものなのだ。それこそが最高の歓びであり、最も崇高な感情なのではなかろうか。
チャン・イーモウは、ひたむきに生きる少女の心情を巧みに引き出す天才だ。だから観客は少女の心にピタリと寄り添い、彼女とともに切なさを噛みしめる。
またひとつ、そっと抱きしめたいラヴ・ストーリーが誕生した。
二人の笑顔をずっと胸に刻んでおきたい。
<合木こずえ(Koz) >