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「どうにかなるし、どうにかするからよ」 劇中、原田芳雄ふんする善さんが、18年ぶりに舞台に怖じ気づく妻に向かって言うセリフ。この方にこう言われると、救世主に巡り会えたようにほっとする。
無骨だが豪放磊落、顔に似合わず素直な善さんのキャラクターは、おそらく原田芳雄そのものに違いない。この雰囲気が妙に大鹿村に溶け込んで、鹿肉を食べさせる”ディア・イーター”なる食堂のオヤジそのものになる。
その一方で善さんは、村が誇る大鹿歌舞伎の花形役者だ。今年も本番を4日後に控えて、土木業の権三(石橋蓮司)、白菜農家の満(小倉一郎)、バスの運転手の一平(佐藤浩市)、食品店の玄一郎(でんでん)らと稽古も佳境に入ったその時、18年前に善さんの親友、治(岸部一徳)と駆け落ちした女房の貴子(大楠道代)が帰って来た。
ここから始まる「大鹿村騒動記」。絢爛豪華な舞台の一幕をクライマックスに、素朴で温かい村人たちの4日間がほのぼのと描かれる。善さんは治に腹を立てるも家に泊めてやり、認知症になってしまった妻を責めたくても責められず、そのままいつもの暮らしを続ける。
そこに絡まるお人好しの村人たちの、無意識に繋がれている絆があたたかい。それは三百年以上受け継がれてきた大鹿歌舞伎があってこそ。実際、大鹿村の人々も歌舞伎を通しての結束力で絆を深めて来たのだろう。今回役者たちが披露するのは「六千両後日文章 重忠館の段」平家滅亡の後日談として敗残のヒーロー影清が大暴れする見応えのある演目だ。観客席を埋め尽くすのは大鹿村の人々をはじめ歌舞伎好きなエキストラ約850人。タイミング良く大向こうをかけ、おひねりを投げる様はさすが「歌舞伎見物のプロ」。彼らの熱気が舞台もスクリーンも盛り上げる。
阪本順治監督は土着の人々にスポットを当てる作品で本領を発揮するようだ。地元の人々に溶け込みじっくり信頼関係を築いてから撮影に入るのだろう。その人間味が映像のそこかしこに現れて観客を安心させる。心を整えたい時にお勧めの人情喜劇。
<合木こずえ(Koz) >