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文句のつけようのない横綱相撲(97点)
『ヒックとドラゴン』は、いくらほめてもたりないほどの傑作であるが、それは様々な要素が高いレベルで融合された、すなわち完成度の高さによるもの。何かが突出して良いのではなく、すべてがハイクオリティ。まさに死角のない横綱。事件前の朝青龍みたいなものである。
バイキングのリーダーの息子ヒック(声:ジェイ・バルシェル)は、偉大な父とは正反対の貧弱で気弱な少年。大切な家畜を襲う害獣のドラゴン族を狩らねば男とはみなされないこの村では、いつも半人前扱いされている。それが最大のコンプレックスだったヒックは、あるとき大怪我で飛べない最強のドラゴンを発見する。だがやさしいヒックはどうしても止めを刺すことができず、世話をすることによって友情を育んでいくのだった。
ドラゴンとバイキングの終わりなき戦いが続くファンタジー世界観。両者の戦いに終止符を打つのは誰なのか。
アメリカという国は、かつて先住民族たるインディアンを女子供にいたるまでほぼ絶滅に等しい数まで虐殺することによって、その反抗の声を完全に押さえ込んだ。情けをかけ、中途半端に残せばどんな禍根を将来に残すか、彼らは最初から知っていたのである。宗教勢力を政治から完全に一掃するため、織田信長が容赦ない焼き討ちを行ったのと同じだ。一見非道にみえたとしても、それが将来の自民族の平和につながる事もある。政治家には、ときにそれを断行する厳しさが必要というわけだ。
そんなアメリカが、2010年にはこのような映画を作るまでになった。『ヒックとドラゴン』が伝えようとしているのは、建国当時から続く「皆殺しによる平和」「敵を圧倒するアメリカ」の精神ではない。
殺しあってきた敵と、共生の道を探る。少年ヒックと最強のドラゴン・トゥースのコンビを架け橋に、両種族を平和へ導こうとする挑戦は、現実の国際政治が抱えるあらゆる紛争問題へのひとつの回答である。これまでも似た思想の映画は数多くあったが、ハリウッドのメインストリームにこうした作品が並ぶようになってきたのは注目すべき事柄といえるのではなかろうか。
そうした深く斬新なテーマ性を横に置き、たんなる少年向けのダイナミックなアドベンチャーとして見ても本作はたいへんレベルが高い。ジェイソン・ボーンシリーズでリアルなアクションシーンを盛り上げたジョン・パウエルによる音楽は、それを上回るほどのアドレナリンを分泌させる。勇壮かつ雄大なスコアは、クライマックスの悲壮なる戦いの感動を二倍にも三倍にも増してくれる。
この戦いのシークエンスは、単に映像を派手にする小手先の演出ではなく、十分に張られた前半の伏線を回収する事によって盛り上げてゆく。子供だましではない、本気の脚本力を味わうことができる。子供向けの映画でこういう事をやる。アメリカのアニメーションの凄み、映画文化の深みを感じられるはずだ。